Home鬼畜文書> 村崎百郎の快楽パチンコ「盤面シャワー」vol.1~3

鬼畜文書

村崎百郎の快楽パチンコ「盤面シャワー」vol.1~3

以下は昔パチンコ漫画雑誌に連載していた鬼畜コラム。全部で24回続いた

村崎百郎の快楽パチンコ「盤面シャワー」第1発 村崎百郎

 いよう皆の衆!俺はこの世の腐敗に加速をかけて、日本を下品のどん底に叩き堕とすために日夜下品で下劣で卑怯&卑劣なゲス活動を続けている最凶最低最悪の電波系鬼畜ライターの村崎百郎だ!こ れまでパチンカー諸君とはそれほど関係もなかったが、このたび目出たくD副編集長のアタマに「村崎に連載をくれてやれ」との電波が取り付いて連載開始の運 びとなった。この雑誌はあまりにも実用的で役に立つ情報ばかりに溢れているので、読んでも何の得にもならない便所の落書き以下レベルの俺の連載は、無垢な 読者にさぞかし素晴らしい効果を与えることだろう。俺も、落書きが一つもない公衆便所でクソをたれる寂しさをこれ以上諸君ら真面目なパチンカーたちには味わわせたくないから、気合いを入れてカキまくるぜ!

★パチンコは老人福祉問題も一気に解決だ!
 昨年末に乗ったタクシーの運ちゃんがパチンコ好きで、走行中に「最近のパチンコは凄いンですよ。勝つときは10万ぐらいザラ ですからねえ」なんて話しかけられた。道も混んでいて退屈していたので「ほお~凄いなあ、そんなに儲かるんじゃ真面目に働いてるのがイヤになるよねえ」と 相づちを打ってやると、運ちゃんは行き付けのホールで聞いたという婆さんの話をしてくれた。何でもその婆さんは60過ぎで、つれあいにも死なれて保険金だ とか遺産だとかで老後の蓄えが一千万円以上あったらしい。それだけカネ持ってりゃ上等だと思うが、ふとしたきっかけからパチンコを覚えた婆さんは、その ホールに通い始めて最初の一か月で約50万円も勝ったという(ビギナーズラックかねえ?)。コレに味をしめてパチンコにどっぷりハマり込んだ婆さんは、そ の後もせっせとホールに通いつめたが、二か月目からは打って変わって連日連敗。そこで止めときゃいいものの、一か月目に勝った50万の感動が忘れられずに 「ちょっと調子が悪いだけよね」とカネをつぎこみ続け、気がついたら半年後には老後の蓄えの一千万はキレイさっぱり無くなってしまったという。それでも婆 さんは周囲の知人や親戚から借金までして今だにホールに通っているというから大したもんだ。
話の真偽はともかく、俺はこの婆さんがとてつもなく幸福に思えてならない。おそらくこの婆さんは、パチンコに出会わなければ残りの人生は「日当たりの良 い縁側で茶でも呑みながら、くたばるまで長年しゃぶり続けた爺さんのイカ臭いチンポの味や、あたたかい挿入感でも思い出しながら、ゆっくりとボケていく」 というツマラナイもので終わっていただろう。それがパチンコという奥の深い魅力的な遊技のとりこになり、老後の蓄えを一気に無くしてしまうことで、残りの 人生に「意義と張り合い」が与えられたのである。「冗談じゃないよッ!あたしゃもう一千万以上やられてるんだ!今さら止められるもんか!」と般若の形相で パチンコ台に向かう婆さんは、これ以上負け続けたらおマンマの食い上げだから気合いが入りまくってボケるヒマもない。婆さんの人生は、ここへきて突然毎日 がスリリングでドキドキワクワクの連続になったのだ。こんな感動が橋本内閣や厚生省の役立たずどもの福祉政策で生まれるかァ?
いやあ、パチンコって奴はホントに素晴らしい(拍手)。実際問題として、パチンカーの幸福(勝つこと=儲けること)って奴は、負けて損してくれる奴らが いるおかげで成り立っているんだから、我々若者パチンカーも必勝法を研究するだけでなく、近所に小金持ちでヒマこいてるジジイやババアがいたら、声をかけ てホールに連れて行ってパチンコの魅力を強制的に教えるぐらいの善行はするべきだろう。そうすりゃ使われないで死蔵されているカネも市場に出回り経済も活 性化していいことだらけだ! 

今月の結論★「老人には生きがいを! 俺達にはボロい儲けを!」を合言葉に、ジジババどもにパチンコの魅力を布教しよう! カモが増えれば増えるほど、ホールの釘もユルむだろう。

★“運”を利用する電波系のパチンコ必勝法 
絶えず頭の中にイロんな声や音が聞こえ続けるという電波系(キ●ガイと同義語)の俺のパチンコ必勝法は、「“地の精霊”を自称する声がアマタに聞こえて、“呼ばれた”ときだけ打つというものである。まあ“地の精霊”なんて言っても、どーせ“電波”な んだから、ほとんど信用してはいないのだが、声が指定する台でやってみると、実際に数百円~千円で大当たりになったり確変を引き当てたりするもんだから、 「電波もタマには役に立つもんだ」と思うが、そうやって信用させといて後でドツボにはめるのも電波の特徴なので、俺は大当たりが出たらさっさと止めて帰る ことにしている。「何ともったいない根性無しだ」と思うかもしれないが、少なくとも「やらなければそれ以上負けることはない」というのも事実で、「卑怯&卑劣」 を美学にして他人から憎まれたり、さげすまれたりすることに快感を覚える鬼畜の俺には、そういう情けない根性無しの必勝法がお似合いなのである(ただ、こ の“地の精霊”の声も、不思議と忙しいときや原稿のしめ切りに追われているときや、誰かと待ち合わせているときに聞こえてくるから困ったもんだ)。
こんな必勝法は電波系でもない普通の人間には無縁かと思われるだろうが、俺の特異な電波的経験値を別にしても「負ける予感がするときは打つな!」ということはいえるだろう。また、これと矛盾するが、パチンコホールでは、負けが込んでいる連中に取り憑きやすい「次の5百円で確変大当たりを引き当てるような気がする」という極めてタチの悪い電波が常時飛び交っているが、それは単なる妄想なので、今日はダメだと思ったら、景品交換所へ行って一番エロくてオカズになりそうな姉ちゃんの顔を思いきり凝視して、忘れないいうちに家に帰ってゼンズリでもして寝るのが得策だ。そうやって自分のチンコを可愛がることもパチンコでは大切なのだ(嘘)。
ご教訓★“運”は自分の都合の良い時にだけ、良いわけではない
★女とパチンコはヤリ逃げが一番だ!

★「パチンコ」という名称を考える
 俺のアタマにやってくる電波の中には過去に死んだ有名人や学者も数多くて、たまに退屈しのぎに相手をしてやっているんだが、 この連載を始めるにあったって、俺にことわりなく俺のアタマの中で勝手に開かれる第34789回目の脳内妄想言語学学会の席で、「パチンコ」という名称が 話題になったので、せっかくだからここにそれを報告しておこう。
何でもソシュールとかいうおっさんの霊の話では「パチンコホールにゲイやホモが大勢集まるのは「パチンコ」という言葉の中に「チンコ」という言葉が入っているためで、「パチンコで勝った!」という嬉しさの中には「チンコで勝った!」という言葉の意味も入っていて、これは極めて男根主義的な精神の快楽を伴うのだという。つまり、「男がパチンコで勝つ」というのは単に金が儲かるだけでなく、同時に「男としてのゆるぎない自信」を獲得できるからだというのだ。
この理論は女性にもあてはまり「パチンコ」が好きな女性は基本的に「チンコ」好きで、潜在的には淫乱でいつも発情してオトコのチンコで思いきり貫かれてヨガりまくることを望んでいるという。そして「パチンコに勝った!」というのは「チンコに勝つ」ということであり、このことからパチンコホールに集まる女は、みんなやや気が強く、性交時には積極的に腰を使って快楽をむさぼるナイスマンコだということだ
これが本当なら、女パチンカーをナンパしない手はない! と即座に思って脳内ペニスを握りしめた俺だが、議題は丸山と名乗るおっさんの霊から「では、パ チンコをどういう名称に変えればもっと多くの客が呼べるだろうか?」という建設的な問い掛けがなされ、場内からは即座に「ポマンコ」がいいだろうという声があがり、金田一何とかいう親父の霊がチンポを立てながら「“ポマンコ”という言葉の子音を強調すると“ポォマンコ”というギリギリセーフの愛欲ワードが浮かびあがり、さらに“ポマンコ”という言葉自体からは、愛らしいマンコが風呂上がりにポッと上気して湯気がムンムンと立ちのぼるという美味しそうな感じがしてこれは男にはタマラン!」ともっともらしいことを説き、場内からは「ポマンコ!ポマンコ!ポマンコ!」の大合唱と拍手がいつまでも続いたのだった……。
まあ、“電波”って奴はこういう役立たずの寝言レベルが多くてホントに困るぜ。


村崎百郎の快楽パチンコ「盤面シャワー」第2発 村崎百郎

しかし、パチンカーやパチプロの連中の性欲ってやつはホントにわかんねえな。一日中黙って大人しく台の前に座って打ってるなんて、性欲の強い俺にはちょっと無理なハナシだねえ。なあ、お前ら一体いつ自分のちんぽ(またはまんこ)いじってんだよ? まさか、いつも玉と戯れているから自分のタマ(またはおマメ)をいじるのはもういいなんていって性欲がタマ抜き状態になってるんじゃねえだろうな。こんなことを書いていたら、たったいま「昔のパチプロは持ち金も尽きて打つ玉がなくなったら、自分のフグリからきん玉をむしり取ってでも打ったもんじゃよ!」っていうホラふき電波が俺の頭の中にやってきたが、寝言いってんじゃねえよ! そういうわけで今回は究極の性欲を持つ俺が、お前らパチンカーに究極のせんずりを教えてやる!

★空いている左手で“究極のせんずり”をめざせ!
 「パチンコ打ってるときに左手がヒマこいてるのは重大な無駄である」という重大な事実に気がついたのは俺がまだ十代の頃だが、せっかく連載貰ったんだから今回は、こういう重大な問題をもう一度蒸し返して考えてみることにしよう。
さて、電動パチンコのハンドルが何故右側にあるかというと、それは大方の人間が右ききで、もしもこれが左側にあったら、打ちにくる男連中はみんな左手で打ちながら空いた右手でちんぽをいじり出してせんずりを始め、ホール全体がイカ臭くて下品になるからという明確な理由があったことは今ではそのへんの3つのガキでも知っている常識である(本気にしないで下さい:編集部)。
しかし、それが何だというのだろう。俺はいまこそ、「ホールがイカ臭くて何が悪い! タコ嫌いの奴だっているんだぞ!」見当違いのことを声を大にして言おう
地球環境や資源の無駄や廃棄物処理の問題が真剣に討議されている現在、パチンカーがパチンコに関しての無駄を考えなくてどうするのだ。右手がふさがっているなら左手でせんずればいいハナシではないか! やかましい! 論旨がデタラメなのは俺がレッキとしたキチガイだからだ! 文句あっか! 
 そういうわけで、諸君らにはパチンコ屋で可能な鬼畜流の“究極のせんずり”を教えてやろう。まず、説明しておきたいのは、快楽の刺激というものは一つではなく、複数のものが合わされば合わさるほど、享受できる快楽は大きくなるものである。例をあげていえば、シロウト女のたどたどしいフェラチオよりも風俗嬢のそれが素晴らしいのは、プロは口でフェラチオをしながらも左手で乳首を愛撫し、右手の爪先でフグリの部分を下からサワサワと愛撫するというふうに責める場所がシロウロに比べて3倍も多いからなのだ。これはソープランドの2輪車や3輪車にしても同じである。
このような「複合快感」は何も肉体的な刺激ばかりに限ったものではない。見飽きた古女房とするまんこよりも、職場の若い女とまんこするほうが楽しいのは、新鮮だからなのだが、それは、まんこそのものよりも心の満足の方が大きいといえるだろう(平和ボケした日本の女どものまんこは緊張感に欠けてユルみっぱなしで若いのも年増もシマリにはたいした違いはなかろう。腐って香ばしいのは年増のまんこだけどな)。
そこで心と身体を同時に満足させる究極のオナニーとして俺が考えたのは「絶えず左手でちんぽをしごきながら勃起を持続させておいて右手でパチンコを打ち、これはと思うスーパーリーチがかかったら一気に射精に向けてしごきまくり昇りつめ、確変の大当りナンバーが揃った瞬間に同時に射精する」という豪華なものだ。うまくタイミングが合えば、理論上は射精の快感と確変を引いた快感が合わさって、これまで体験したこともない快感が全身を貫き、えもいわれぬ心地よさに身を震わせることだろう。ああ、考えただけでちんぽがタマラなくなってきた。この続きは(以下次号)だ!

★ホール内外での安全確保について
 中学生だとか高校生ぐらいのガキどもが全国的に荒れまくっているらしい。ちょっと切ったの刺したのというチンケな事件までも がいちいち細かく報道されるので「ガキの刃傷沙汰は、もうちっとも珍しくないから、ニュースでやるのはコロシ以上の派手な事件にしとけよ」と思ってるのは 俺だけではないだろう。
そこへいくとタテマエ上、パチンコのホールは18才未満は入場できないことになっているので、「ホールで打ってる分にはガキ共に刺される心配はありませ ん」って宣伝すりゃあ、パチンコ屋は「街のオアシス」として更に人気が出て大入り満員になるだろう。……なんて冗談はさておいて、実際問題として、時代が こうも殺伐としたものになってきては、自分の身の安全は自分で確保しなければならない。一見安全そうなホールにしても、たとえば不幸にして店内の自動販売 機でコーヒーを買って自分の台に戻る途中で床に積まれた大入り箱につまずいて、そばで打っていたヤクザの頭に紙コップのコーヒーをぶちまけてしまい「ああ、こんなときにロボコップがいてくれたらなあ」と思うような羽目に陥らないとも限らないのだ。
まあ、そんなトロいドジをするような奴はそもそもパチンカーに向かないかも知れないが、安全確保を考えるなら、襲う側の立場になって考えてみれば良いだろう。
カネをムシリ取るにしても、いちいち個人から取るよりも、たくさん集まっている所から頂く方がいいに決まっている。そういう発想が景品交換所や現金輸送 車を襲うという事件に結びついていくのであるが、最近の景品交換所は、警察の派出所のまん前にあったり、窓口からのぞける部屋の壁に猟銃や金属バットがこ れ見よがしに立てかけていたりしてナカナカのものである。そうやって不心得者に「犯罪を起こそうという気を無くさせる」のだろうが、その場合、次に襲撃者 が狙うのは「景品交換所で大金を受け取った奴の帰り道」と相場が決まっている。だから、パチンカーは何としてもここをシノがなくてはならない。短距離の猛 ダッシュを鍛えて振りきるとか、タクシーを待たせておくとか、その場で札束を小さく丸めて自分の肛門にねじ込むとか、各人が工夫して頑張って欲しい。バタフライナイフの次に流行るのは、まな板さえも簡単にスパスパ切っちまう、TVの通販で有名な「穴あき包丁」だからな。

ゲスが教える鬼畜のパチンコ術
★「死んだ親父パワー」を使え!
 パチプロの諸君はパチンコに夢中で、世情にうといだろうから親切で教えといてやるが、実はこの前、「冬季オリンピック」という世界規模の運動会が長野県で行われて、思い出すのも暑苦しい感動と、膨大な借金を開催地の長野に残してったんだ。
いくらなんでもパチプロだってオリンピックぐらい知ってるぜ、という教養のある連中も中にはいるかも知れないが、そんなパチプロはまだまだぬるい。俺の 知ってる格闘バカなんか、日常生活の時間を全て空手の修行にしちまって、メシを食うときもクソをひり出すときも、空いてる手や足を動かして握力だの腹筋だ のを鍛えているんだが、そいつは新聞、雑誌、エロビデオも一切見ないで、カネさえ払えばパカパカ股開いてヤラせてくれる年頃の娘どもにも目もくれず、ただ ひたすら修行!修行!修行!修行!の毎日で、ここ数年は自分の名前を紙に書いたこともなくて、文字を忘れてしまいそうだという。パチプロも「ロボカードの申込み用紙に書いて以来、自分の名前なんか紙に書いたことはねえな。履歴書ォ?そんなもん生涯に一枚だって書いてたまるか、オレはパチンコで食ってんだからな!」という気合いの入った連中が本物のパチンコ馬鹿だろう。だから長野五輪があったことを知ってるような情報通な奴ァまだ精神集中が足らんのだ。
で、必勝法に話を戻すと、長野五輪で金メダルを取ったスケート坊やと、モーグルっていうスキー競技で金メダル取った茶髪姉ちゃんの共通点に、「どちらの選手も親父が死んでいた」ってのがあるワケよ。茶髪姉ちゃんの方なんか「今日はお父さんと一緒に滑るから」とか言って、死んだ親父の写真を胸ポケットに入れてたんだぜ。そこで俺はピンときたねえ、「死んだ親父パワーは使える!」ってな。
パチンカー諸君もこのパワーを利用しない手はないぞ。親父が生きてるなら、さっさと死んでくれるように頼むのはもちろんだが、でなけりゃお袋でも、ジイちゃんでもバアちゃんでも構わないから、すでに死んでる家族の写真をパンツの中に入れてホールへ行ってみろ。保証はしないが、勝てば儲けた上に感動の涙を流せるかもな。


村崎百郎の快楽パチンコ「盤面シャワー」第3発 村崎百郎

今年も暑くなってきたねえ。街を徘徊する女どもがみんな薄着になって て、パンチラや胸チラを見るたびに股間がつっぱってたまんねえよ。先日俺は「ゴムじゃない」のCMで有名なポリウレタン製の超薄型コンドームを試してみた んだが、俺の超ウルトラスーパービッグでマグナムな野太いチンポには、サイズが小さすぎてちょっとばかりきつかったねえ。いやあ参った、参った、人よりも大きすぎるチンポというのもホントに困りものだねえ。自慢するわけじゃないんだが、何せ、人よりも本当に大きいチンポなんだからどうしようもねえよなあ。そのうえとびきりクサイんだからもうたまんねえよ。いやあこんなハナシ、パチンコには何の関係もねえンだけど、とりあえずはデカくて太くてクサいチンポ持ちの俺のせんずり話でも読んでくれや!

★空いている左手で“究極のせんずり”をめざせ! その2
  先月は「パチンコを打ってるときに左手がヒマなのは重大な無駄だから、空い ている左手でせんずりをコイてしまおう。そして、これはと思うスーパーリーチがかかったら一気に射精に向けてチンポをしごきまくり、確変の大当りナンバー が揃った瞬間に同時に射精をすれば、確変が揃った快感と射精の快感が渾然一体となってこれまで体験したこともない途方もない快感が押し寄せてくるだろう」という「究極のせんずり」の概略を説明して誌面が尽きたので、今月はその具体的な方法について語ろう。
その前に、先月の俺の原稿を読んで、こともあろうに「でもボクは人前でチンポをさらすのが恥かしいんですが」という手紙がきて、俺はホトホトまいってしまった。よもやパチンカーの読者様にそんなウブなお方がいようとは全くもって驚きである。
俺の感覚では、平日の午前10時に開店前のパチンコ屋の前に平気で並べる感性がある奴らなら、人前でチンポをさらす事など朝飯前のことだと思ったが、どうやらそう簡単なことでもないらしい。(すでにお分かりかと思いますが、この男にはマトモな常識など一切ありません:編集部)しかし、これは由々しき事態だ。パチンカーが見栄や体裁を気にしてどうする?手持ちのカネが無くなったら、人目を気にせずホールの床にはいつくばって玉を一発ずつ拾ってでも執念で打つのがモノホンのパチンカーというものだろう。いちいち体裁を気にして人前でチンポ一つ出せない奴がパチンコや人生において勝利者になるなど到底無理というものだ。(嘘だと思います:編集部)
しかしながら実際問題として、「人は自分が思うほど他人のことなど見ていないものだ」というのは本当だと思う。この法則を俺に教えてくれたのはこれまで捕まったことなど一度もないという長野県出身の万引きの天才U君なのだが、俺はこの言葉に加えて「明らかに正常とは思えない人間の異常すぎる行為を一人で目撃してしまった人間は、関わり合いになるのを怖れて見て見ないふりをするものだ」という法則も紹介しておこう。だからパチンコ台に座っておもむろにチンポを出してしごいても周囲の奴らはおおむね無反応で誰も止めないし騒がないだろう。そういうワケでパチンコ台に座っての「究極のせんずり」は冗談話ではなく、実際に実行可能なせんずりなのである。
そうはいっても、ズボンをおろしてチンポを出してしごくのはちょっと恥かしいというシャイな連中のためにカモフラージュの方法を教えよう。できるだけダ ボダボの大きなジャージのズボンを一本用意する。そのジャージの左のポケットに内側から穴をあけて、トランクスやブリーフを履かずに「直接ジャージ」で パチンコ屋に向かえば良いのだ。そうすれば周囲の誰にも気かねをせずに左手をポケットに入れて、内側の穴から直接自分のチンポを好きなだけイジリまくれ る。応用技として、彼女のいる奴らは二人でペアシートのある店へ行って、彼女にチンポをいじってもらいながら打つのもいいだろう。次回は更に快感の倍増す る「超究極のせんずり」を伝授するぞ!

★パチンコで大損したときのメンタルケア
 この連載について「下品なうえに役に立たねえコトばっか書いててちっとも面白くねえ」という抗議のお便りが殺到しているらしいので、俺も非常に満足だ。そういう連中のために、たまには趣向を変えてホントに役に立つことも書いてやろう。
さて、パチンコで大金をつぎ込んでハマリまくったあげくに大負けしたときの気分の落ち込みは筆舌につくしがたいものがある。特に最近のパチンコの場合 は、運が悪ければ半日で5万10万ぐらい軽く飛んでしまうのだから、そのショックは大変なものだ。何せ、ついさっきまで持っていた万札が何枚もきれいサッ パリと手元から消えてしまうのだからこれ以上の悪夢はない。そういう場合、経済的なダメージもさることながら、精神的なショックとダメージにも相当なもの がある。ひどいときにはそのショックがトラウマ(精神的外傷)となって、その人間の今後の人生に暗い影を落としてしまう可能性もある。「こんなに負けるな んて……自分は何をやっても駄目なのではないか!」「ああ、あの時、台を変わっていればここまで負けなくても……」などとウジウジ悩み出したらもう止まら ない。そういうネガティブな発想がエスカレートして心身症にならないとも限らないので、ここは俺が良い対処法を教えてあげよう。
それはパチンコの勝ち負けにかかわらず、常日頃から「俺は最低の人間のクズだ」と自分に言いきかせておけばいいのである。「俺はパチンコで大損したから駄目な人間なのではなくて、そもそも、はじめからもの凄く駄目な最低の人間なんだ!」と思い込むことから始めよう。そして「俺は人よりも何倍も駄目な最低の人間のクズの中でもとりわけ最下級の超ダメ人間なんだ。だからパチンコで大損するのもあたり前。別にとりたてて騒ぐこともない」というふうに考えれば、10万や20万ぐらい負けようが精神的なダメージなど全く受けずに「まあ、そのうちどうにかなるだろう」と悠々と生きていけるだろう。余談だが、わずか10歳にして、たぐい稀なる自分の下品度と人間としてのダメさかげんを深く認識して下着泥棒をはじめとする数々の性犯罪や暴力事件に手を染め、世の中の役に立たないことばかりを26年も続けて生きている俺はこの発想法で毎日がとてもハッピーだ。どうせクズならとことん堕ちて超最低を極めよう。どうだ読者諸君、勉強になるだろう。クズはいいぜえええ、クズはよおおおお。
 
ゲスが教える鬼畜パチンコ術
★ハングリー作戦で行こう!
 マーフィーの法則ではないが、パチンコに限らず「金に余裕があるときにギャンブルをしても勝てない」というのを経験した奴は多いのではないだろうか? 
人間という動物は、ささいなことで喜んだり悲しんだりするいいかげんな生き物で、精神状態の良し悪しは勝負事にも如実に反映されるものだ。だから、ちょっとでも金銭的に余裕があると人は「まあこれだけ金持ってンだから少々負けてもいいや」というネガティブな思考が頭の隅に巣食ってしまい、全身全霊をこめて真剣に勝負に向かうことができなくなり、ついつい負けてしまうのである。
だからその逆に、自分を窮地に追い込んで「ここで負たらもう明日はない」という「生きるか死ぬかの極限の精神状態」を作り出しさえすれば、その人間の五感は生き残ろうとフル稼働し、通常では想像もつかないような能力を発揮するに違いない。
そうなればもう怖いものはない。「この街の両替所の金はみんな俺のものだ!」という妄想さえ、リアルな現実味を帯びてくるだろう(妄想)。
だが、悲しいことに、豊かな物資にあふれ過ぎた現代の金満日本では、そう簡単に貧乏をするのも難しく、個人の思い込みだけで「精神の極限状態」を作り出すことは至難の技である。そこで、俺は読者諸君たちのためにあえて自己を犠牲にして以下のことを提言しよう。
君たちの余っている金は一円残らず全て俺が引き取ろう。金に余裕がある奴は、 余っている金を全て俺に送ってこい。金は不浄のモノであり、沢山持っているとよくないコトが起こると昔から言われている。だから貯金などもってのほかであ る。手元に金がなくても「預金があるから大丈夫」という意識があれば心に余裕が生まれ、勝負には真剣に向かえなくなるから、思いきって俺にくれた方が良 い。だいたいギャンブラーが宵越しの金を持ってどうする! 生きるか死ぬかの真剣勝負こそギャンブルの醍醐味だろう。受け取った金は、俺の進めている「日本下品化」の活動資金として有効利用してやるから安心しろ。これは日本経済の活性化のためにも役立つぞォ~!